友人と話して思いついた
- さえ
- 2019年3月19日
- 読了時間: 4分
最近、ブログが静か?
実は #本日のさえのニュース に関して、毎回広報するのやめました。
頑張った!て時に限定してTwitterに流そうと思います。
てことはさておいて、今日も大学の友人とお茶してきました。
何回目だよ、~して、○○したシリーズ。
前回から派生した話題なのですが、前回とは別の友人と同じ、ファッションについて考えてきました。
まず、服装というのは最低限のマナーであると思います。
相手に与える印象に直結することから、色々規定があったりするほど。
清潔感、姿勢の良さ、センスの良さ。
それらの最低限のラインを上回るか否かで与える印象は180度逆になると思っています。
とはいえ、今日の本題はそれではなく。
服飾って自己表現の1つだよね。
時折、LGBTの話題が上がりますが、それって内面の問題であって、COしてもらわないと傍目には分かりにくい問題だと思うんです。
例えば相対している人が生物学的には女性だとして、その人の性的志向や性自認、その他諸々、見ただけでは分からず、彼女が異性愛者的、あるいは同性愛者的、あるいは男性として性自認する言動をすることを通して、ああそうなんだな、って悟らせるんじゃないかなって。
別に無理にCOしろという話ではありません。
COする手段の1つが服装でもいいんじゃないかなって思ったんです。
それに、価値の多様化がどうのこうの言われている時代に、服装ごときで男女の区別つけるのも馬鹿らしいというか。
又、これは就活生としても思っていますが、私は基本的に就活の際に行われる顔採用は悪いことだとは思っていません。
なぜか。
顔も1つの個性ですし、例えどんなに美人であったとしても、自己プレゼンがあまりに下手だとその自身という素材の魅力を生かしきれないわけで。
結局、自分を如何にプレゼンするかの問題だと思っています。
尖った個性のどこが悪いって言うんだ。
更に、幼少期から10年間バレエを習っていた身として、ポニーテールという髪型に対し、私は一家言あります。
ポニーテールはシルエットです。
髪が痛んでいるとかそういうことは関係なく、たるみなく結べて「いるように見え」、テールの部分が綺麗なアーチを描いて「いるように見えて」いれば清潔感を与えることは出来ると思います。
よくポニーテールが綺麗だと言われますが、よく見てみると結構雑なことが分かります。
ただ、綺麗にポニーテールを結う事に涙ぐましい努力を払った結果、「綺麗なポニーテールを結ぶさえ」という幻想を作ることに成功している訳です。
つまり、私の髪型が綺麗だと思ったりしてる方は、私の自己プレゼンによる印象操作に誤魔化されているわけです。
(朝適当に髪の毛濡らして1つに纏めたあと、スプレーで誤魔化すその手間最短1分とか言えるわけがない。)
閑話休題。
とにかく、自己表現の材料として服装って物凄く重要だなあって思ったわけです。
以前Twitterでファッション系イベントやりたいと言ったところ、反応を何人からか反応を貰うことが出来ました。
ありがとうございます。
そんな折、早稲田大学OGである姉の元に早稲田の広報紙が届いて、ファッション業界で働く早稲田OBOGやENJIというファッションサークルのことが特集されていて。
これいいじゃん!ってさえは思いました。
そう思った反面、記事を拝謁する限り、これをそのまま筑波に輸入したら絶対刺さらないなって冷静になりました。
何か1工夫加えないと、絶対筑波に受け入れられない。
スナップ写真を沢山乗せる、それもあり。
でも最初の物珍しさによる集客以降が見込めないな。
モデルは美男美女だけ、それもあり。
でも青学などと言ったところと何が違うのだろう。
差別化できない。
そこに自分の思想盛り込んだら面白いんじゃない?
どうして、何を表現したくてその服装を選んだのか。
単純な外見じゃなくて、着たい(思想)x似合うで行ったら面白いんじゃない?
って言うのを今日友達と話していてどんどん思いつきました。
長続きしない活動でいいから、筑波ならではの深みや個性を与えられたら面白いんじゃないかな、って思いました。
とはいえ、これはあくまで私個人の思い付きなので、今後皆と話しながら、もっと面白いものを作り上げていきたいなあ。
以上、備忘録的な記事でした。
と、喋りまくってしまってごめんぴよ、友人氏…
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